We Serve(われわれは奉仕する) -
ライオンズクラブは197の国または地理的領域で約132万人の会員が、地域社会のニーズにこたえるべく奉仕を実施しています。特に世界中で失明予防、薬物乱用防止、糖尿病教育などの困難な分野に取り組んでいます。
地球市民 -ライオンズクラブ会員は災害に対する緊急支援に加え、長期的な支援計画も行っています。ライオンズは途上国へ配布するための中古眼鏡の収集・リサイクル活動や、何百万人もの人々に対し、河川失明症の予防を行っています。
地域社会のリーダー- ライオンズは地域社会における人々の生活の質の向上を目指し、公園の設置や病院支援、水処理施設の建設などを行っています。
ライオンズクラブ創設以来87年間にわたり、身近にあるいは世界に助けを必要とする人がいればいつでも、ライオンズ・メンバーは「ウィ・サーブ(We Serve)」をモットーとして支援の手を差し伸べてきまし
メルビン・ジョーンズは1879年1月13日にアリゾナ州フォート・トーマスで、騎兵隊を指揮するアメリカ陸軍大尉の息子として生まれました。後に彼の父は転属となり、家族は東部へ引っ越しました。その後、イリノイ州クインシーの学校を卒業したジョーンズはシカゴへ出て保険会社に勤務、1913年に独立し、保険代理店を設立しました。
その後彼は実業家による昼食会グループ「ビジネス・サークル」に加入し、間もなくその幹事に選ばれました。
このグループは、当時アメリカに多数存在した会員の職業活動における利益を高めるためのグループの一つでした。これらグループは世論に訴えるものが限られていたため、消えていく運命にありました。しかし、メルビン・ジョーンズは別の計画を持っていました。「意欲、知力、野心によって成功しているこれら会員たちに、その能力を地域社会の向上のために活用させたらどうなるだろうか?」と彼は自問しました。こうして、彼の招きに応じて27クラブの代表が地域社会のための組織を立ち上げるためにシカゴに集まり、1917年6月7日にライオンズクラブ国際協会が生まれました。このクラブは社交的なものとせず、会員は自分のためだけに利益を追求してはならないと規定されました。
ジョーンズは1926年、とうとう保険代理店を閉め、シカゴの国際本部でライオニズムに全身全霊を捧げることとしました。ライオンズクラブが社会奉仕に熱心な男性たちの注目を集めるのに必要な信望を得たのは、彼のダイナミックな指導力によるものです。ライオンズクラブへの女性の入会は1987年7月に認められました。ライオニズムの創始者である彼は、協会外部でも指導者として認められていました。彼が最も誇りとしたことの一つは、1945年にサンフランシスコで開かれた国際連合の結成にライオンズクラブ国際協会を代表して民間諮問団体の一人として参加したことでした世界中の公共心を持った人々の指針原則となった「他人に尽くすことから始めるのでなければ、人生の大は成し遂げられない」という信念を持っていたメルビン・ジョーンズは、1961年6月1日に82歳で亡くなりました。
ライオンズクラブ国際協会とは